☆ 事業承継 物語 ☆

物語の登場人物

・山本雄三 山本設備株式会社の創業社長 
        頑固一徹で地元の名士 地元の財界でも活躍している 60歳

・中本太郎 山本設備の営業本部所属の営業主任 35歳

・大谷薫  山本設備の営業本部の営業課長 40歳
山下真一 文具販売のコクラ事務機株式会社の取締役営業部長  
        中本太郎の高校時代の同級生 35歳

小倉俊夫 コクラ事務機株式会社の創業社長 65歳
小倉俊之 コクラ事務機株式会社の専務 社長の長男 35歳

 
自分の意思で事業を始めた創業者と異なり、生まれた時にはすでに経営者の道を歩むことを宿命付けられている後継者は大変である。特に、同族経営の中小企業においてはなおさらです。

後継者には大きな葛藤がつき物です。親が成功させた企業をうまく経営して発展させて当たり前で、業績不振にでも仕様ものなら何を言われるか分かりません。そして、創業者は「0」から始める勇気と才覚を持っていますから、たとえ事業が失敗してもやり直すことができます。しかし、後継者は「0」から事業を始めた経験がありませんから、現状維持する事で精一杯になります。

常に先代と比較され、業績をあげて当たり前で、子供のころにオシメを変えてくれた古手の役員を使いこなさねばならない。
 
社長になる事が夢だった

小倉俊夫は物心ついたときから社長になるのが夢だった。

何でもいいから社長になろうと思っていた。両親は朝早く畑にでて農作業をして、それから会社に出かけて仕事をし、夕方になるとまた野良仕事に精を出していた。もちろん、休日は農作業で明け暮れる。そんな両親の姿が俊夫の夢に影響を与えていたのは間違いない。いくら身を粉にして働いても報われることの無い百姓よりも、努力次第ではどんどん豊かになれる事業家にあこがれていたのである。当時は農業法人による経営は一般的でなかったし、空腹を満たすことが優先課題で、健康を考えた食生活、減農薬や無農薬による農産物が高級デパートに高価な食品として販売されるとは想像もできなかった。昔と同じ作物を昔と同じやり方で淡々と繰り返していた百姓というビジネスは俊夫には魅力的な仕事にはみえなかった。
 
俊夫は4人兄弟の末っ子に生まれた。

長男は俊夫が小学生になったときに家をでて大阪に住み込みで働いていた。

次男は高校をでると大手電機メーカーに就職して、家を出ていた。俊夫が中学生になったときである。ただ一人の姉は20歳の成人式を目前にして病気でなくなっていた。残っているのは俊夫一人で、週末は農作業で一日潰れてしまった。
 
高校を卒業すると、俊夫は東京の事務機販売会社に就職した。就職先の事務機販売が俊夫の生涯の仕事になるのだが、なぜ事務機販売を選んだのかは明確ではなかった。たまたま日ごろから使っている文房具でなじみがあったことと、合格したのがこの会社だけだという理由からだ。

10年後には独立しようと思っていたので、金をためることと仕事を覚えることは俊夫が自分に課した責務だった。金をためるには使わないのが一番なので、めったなことでは遊びに出かけなかった。仕事も朝早く出社して、だれよりも遅く帰った。これが一番金がかからないのである。

会社の寮は朝と夜の食事がついている。だれよりも長く仕事をしていると不思議なもので商品に愛着がでてきて、どうしたら商品が喜ぶかが分かってくる。商品は売れるのが一番うれしい。すると、商品を磨いてきれいにしてやる。面白いように商品が売れてゆく。すると仕事が次第に面白くなる。仕事の覚えは群をぬいて早い。しかも商品を大切にする。商品もこころを理解している。

また、だれもが嫌がる日直や宿直も率先して引き受けた。配達や取り付け工事のような汚れる力仕事も喜んでこなした。入社2年で主任になり、3年で係長、5年で部長になった。もちろん異例の昇進である。経営者の信頼も厚く、将来を嘱望されていたのは言うまでもない。
 
入社10年目のある日、小倉俊夫は事務機販売の社長室にいた。
「社長。今日は、折り入って、お願いがあってきました。」
「なんだい、改まって。俊夫らしくないじゃないか。そろそろ、故郷に帰る時期じゃないのか」
「えっ」
「お前さんの顔にそう書いてあるよ」
「どうして、社長はそう思ったんですか」
「私も経営者の端くれだ。入社したときから、こいつは志を持っているやつだと思っていた。そうでもなければ、人の嫌がる仕事を喜んで引き受けるような変人はいないよ。私もね、君と同じように、丁稚奉公で親父さんに鍛えられてきた。私が独立することを相談に行ったときは、親父さんの部屋に入るなり、何も言わずにいきなり金の入った紙袋を差し出してくれたんだ。『ごくろうさん。がんばれよ。お前なら大丈夫だ』といってさっさと出て行ったんだ。私は嬉しくて親父さんの出て行った社長室でおいおいと泣いていた。絶対に成功するとこころに誓ったよ」
「そんな事があったんですか」
「だから、俊夫が折り入って相談したい事があるって聞いて、君の入社した日を確認したら、今日じゃないか。それで分かったよ」
「ありがとうございます。」
「どんな事業をやるんだい」
「社長と同じ、事務機販売の会社をやりたいと思っています。国の基礎をつくる教育事業は誇り高い仕事ですし、会社の発展や社会の発展に寄与できる事務機の販売はとても重要な仕事だと思っています。私の故郷でこの事業をやりたいと思っています。」
「そりゃありがたい。私も張り合いが出きてよかった。これは餞別だ」
「えっ。」
「受け取ってくれ。君の応援ができて私はうれしいんだよ。君がいてくれたおかげで、うちも今では年商100億円の会社になった。君がいなければできなかったことだ」
「私は社長のお役に立とうとただ一所懸命仕事をしただけで、そんな大それた事なんてできていません」
「いや、君の働きは言葉では言い表せない。さあ、頼むから受け取ってくれ」
「ありがとうございます。」

その封筒には100万円の大金が入っていた。



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